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2007-05-18 Fri 01:52
遠い昔の話になってしまいましたが、大型連休の後半、福島の安達太良山に登ってきました。元日に続いて今年2回目、通算で5回目で、数少ない登山歴の中で最も多く登っています(^_^;)。安達太良山は専ら日帰りで登れる山なのですが、温泉のある山小屋「くろがね小屋」を目当てにして初めて1泊しました。
5回目とはいえ、今回初めて奥岳登山口を発着点とした「時計回りルート」を歩きました。午前10時出発し、ゲレンデの中を辿り、元日に遭難しかけた五葉松平を経て、ゴンドラリフト中腹駅を尻目に山頂へ。山頂で腹ごなし後、「牛の背」に乗って、荒涼とした噴火口「沼ノ平」で一時呆然。後は下り続きでお目当ての「くろがね小屋」に午後3時前には到着し宿泊。翌朝は勢至平を経て、「あだたら渓谷奥岳自然遊歩道」へ寄り道にして、今回は無事下山しました(^_^;) 「ほんとの空」その1 ![]() 「ほんとの空」その2 ![]() 沼ノ平 ![]() 矢筈の森 ![]() 安達太良と残雪 ![]() くろがね小屋 ![]() 金明水 ![]() 猩々袴(ショウジョウバカマ) ![]() 奥岳自然遊歩道「魚止めの滝」 ![]() 撮影COOLPIX8400 |
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2007-03-25 Sun 20:05
先日、栃木・益子町の雨巻山側からの登山口が見つからず登頂に失敗した高峯(標高519メートル)。今度は茨城・笠間市の仏頂山(標高430メートル)側から再挑戦し雪辱を果たしました(^_^;)
登り口は自宅から車で1時間もかからない楞厳(りょうごん)寺前。 ![]() 由緒ある寺だけに大きな駐車場も近くにありますが、登山者向けの小駐車場の方に車を止め、まずは仏頂山に向け出発。間もなく目にする境内の森には豊かな樹林が残り、この一帯は国の天然記念物「片庭ヒメハルゼミ」の生息地でもあります。その森に大きなモミの木を見つけました。 ![]() 仏頂山へは1時間弱で到着する短い行程なのですが、山頂手前の登山道は最大斜度28度もある木の階段が長く続きちょっとうんざりします。「関東ふれあい道」整備の一環として作られたもので、議論を呼んだようです。 ![]() 仏頂山の山頂は木々に囲まれていて見通しがほとんどありません。ちょっと気の利いた標識を撮ってちょっと一服し「高峯」へ急ぎます。 ![]() 高峯への途中、県境を結ぶ林道と登山道が交差する「奈良駄峠」に出ます。 ![]() 茨城側は「稲田の御影石」の石切場になっていて、ざっくりと地肌が遠くまで切り取られています。ここは昔ながらの石切場で、石を運び出すため、今のJR水戸線稲田駅からこの峠まで人力トロッコの「稲田人車軌道」が一時期敷かれていたというのですから驚きです(O_O)。枕木やレールなど痕跡を探してみましたが見当たりませんでした(^_^;) ![]() 出発から2時間あまりで目標の「高峯」に登頂しました。 ![]() この山頂からの眺めも捨てたものではないのですが、この先に展望台があるとの案内があり、そそくさと向かいます。 ほどなく、今も使われているのかは不明ですが、木々を払ったグライダー発着場とみられる大きな広場に出ました。広場は南に開けていて、ほぼ180度のパノラマの中に加波山や筑波山が大きく控えていて絶景です。階段道に苦労したことなど忘れて、昼食をたべながらゆっくり景色を堪能しました。ちなみに写真に写る地域は「桜川市」で、世阿弥の謡曲「桜川」の舞台となったサクラもあります ![]() ![]() パノラマ写真も合成してみました。 ![]() 昼食を済ませたら、楞厳寺へと復路をたどります。奈良駄峠で再び周辺探索を試みたところ、栃木・茂木側の林道にトロッコではなく走り屋の車が乗り捨てられていました。こんな所までよく来られてものだと変に感心していまいました。 ![]() 続いて仏頂山で一服していると、頭上の梢に鳥がざわめく音。レンズを向けて口笛を吹くと猛禽?が逃げていきました。写真はブレぼけです(^_^;) ![]() ではこの辺で(^◇^;)/~~~ツカレタ |
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2007-03-21 Wed 11:37
前夜の山頂予報では晴れとなっていた那須岳へ登山を企てたのですが、登山口付近に早朝到着すると猛吹雪。車の中でしばらく待機していたのですが、吹雪はやまず、那須岳山頂も、背後から湧き上がる厚い雲に次々と覆われたままで、出発を断念しました。
![]() 折角の休み、このまま帰宅するのももったいないので、普段立ち寄る食堂のような、登り慣れている標高533メートルの「低山」雨巻山へ。なのであまり写真がありません。 焼き物の街・栃木県益子町の最高峰で、地元の登山家による登山道や指導標の管理がとても行き届き、大川戸登山口は駐車場とトイレがきれいに整備されています。無料の登山マップも置いてあり、とても気持ちよく登れる山です。 三登谷山ルートから登り始め、1時間半で登頂し昼食。ふだんはこれまでと登山口へと引き返すのですが、この日は欲張って、地図の用意もないのに隣の山の「高峯」(標高519メートル)へも足を延ばそうとにわかに計画しました。 ところがどうでしょう。益子町域から出て栃木と茨城の県境付近を過ぎると、登山道をかき消すように枯葉が厚く覆い被さり、指導標など全くありません。頼りない赤と銀色のテープが木々に巻き付けられているだけなのです。分岐点と見られる個所には注意を喚起するためなのか、小正月ではあるまいに、空き缶が枝先に刺さっていて風に揺らめいていました。 ![]() 地図もなく不案内な登山道を急降下し、舗装された道路と交差する峠になんとか出ました。が、ここにもまったく案内標識というものがありません。落書きのように「雨巻山」とのスプレー文字がガードレールにあるばかりです。 ![]() 「高峯」への登山口を峠周辺に探したものの見当たらず、地図もないので心細くなり、雨巻山へとあっさり引き返すことに。ただ、雪山用の重登山靴と防寒ウエアだったため、雨巻山へ戻る急登が長く重く、そして暑く感じられました(^_^;) それでも帰路、枯葉から顔を出した可憐な花や、薄緑色したウスタビガ?の繭に出合いホッとするひとときもありました ![]() ![]() |
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2007-01-17 Wed 02:46
雷岩からの眺望を十分堪能した後は南西方向の大菩薩峠へと下っていきます。
未完の超長編小説「大菩薩峠」(中里介山著)の冒頭、机龍之介が巡礼の「老爺」を「ここへ出ろ」と呼びつけ、「あっちへ向け」と背中から真っ二つに理由もなく叩き切った峠。その峠は現在「賽ノ河原」と呼ばれています。今「大菩薩峠」とされるところより北に位置しています。賽ノ河原には今でこそ立派な避難小屋が建っていますが、龍之介が現れそうな不気味な雰囲気がないではありません。写真では小屋より左向こう側が武蔵、右手前側が甲斐です ![]() 避難小屋にお邪魔して昼食を摂った後、少しだけ上り返して現在の「大菩薩峠」へと向かいます ![]() 現在の「峠」には、中里介山の名を取った「介山荘」という山小屋が建っていて、隣にはトイレや休憩施設もあり自由に使うことができます。が、今回4度目の私はそそくさと通過し、下山を急ぐことにしました ![]() 下山コースの途中、「勝縁荘」と呼ばれていた旧山小屋があり、その奥隣の「三界庵」で中里介山は執筆したとされています。一般公開されていないため、おずおず近づいての撮影です ![]() 40年ほど前、首相官邸襲撃訓練のため宿泊中の赤軍派53人が逮捕された「大菩薩峠事件」の舞台・福ちゃん荘前を過ぎ、長兵衛山荘のある上日川峠を経て一気に下降。いまでは閉鎖されてしまった「千石茶屋」に出ると、登山口はもうすぐ。が、芦倉沢に架かる橋を渡ったところで何かが足りません。というのも、これまで3度の登山で、ここに「地蔵茶屋」跡の廃屋があった記憶があるのですが、更地になっています。目を凝らすと、黒く焼けたものが散乱しています。焼け落ちてしまったのでしょうか?誰かご存じの方いません? ![]() 出発から約7時間の午後3時半過ぎ、登山口に無事帰着。この後は、近くの日帰り温泉「大菩薩の湯」で汗を流しました。温泉を出て駐車場へ戻ると丁度、日が赤石山脈(俗称・南アルプス)の主峰・赤石岳へと沈むところ。夕焼けに浮かぶシルエット(左は聖岳、右は悪沢岳)が綺麗で「いつか行ってみたい」 ![]() |
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| 光も風も雲も山も好き(続) |
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